« 【言いだしっぺ体験記2】韓国(釜山)古里原発&PR館etc... | トップページ | 【第3回】収支報告~♪ »

2012年12月12日 (水)

【言いだしっぺ体験記3】沖縄:沖国大&宮森小&交流会。

【言いだしっぺ体験記3】

12月4日 ピースボート脱原発クルーズは沖縄の那覇へ。

あったか~~~い!釜山からすると15℃以上高くて

また沖縄の独特な空気もあいまって 

いいなぁ♪沖縄、と連発してのツアースタートでした。

***

最初は、沖縄国際大学へ。

2004年8月 アメリカ軍のヘリが接触・墜落した場所です。

Rimg0102
(↑直後の写真。今は校舎が取り壊され、新しい校舎が建っていました)

Rimg0888
直後の写真の手前に写っている木は、今も↑こんな風に残されています。

Rimg0103_2
(↑直後の写真。夏休み中だったのが本当に幸いです。。。)

こちらの沖国大の屋上から普天間基地が一望でき、

配備されてしまったオスプレイ(一機80億!!)も確認できました。

本当にすぐ側です。

住民が暮らす町のすぐ側に、軍用機が飛びかう状況がありました。

どうなんだ、これは。。。これで安心しろって、無理だ。

驚いた話としては

ツアーガイドをしてくださった宜野座映子さんいわく

「墜落したヘリにはストロンチウム90の固まりが6つ乗せてあって

墜落の時に1つ無くしてしまったらしい。

当時、アメリカ兵が何かを必死に探しているのを多くの人が見ている。

それもだいぶ後でわたしたちが知ったことだ。」と。

え。なんだそれは。。。。。。。どゆうことだ。。。。。。。。。。

それから、基地にはそれぞれ名前が付いていて

キャンプシュワブとかキャンプ○○ってかたちで

普通に呼ばれているのだけど

その○○に入った呼び名はね、

軍事的に成功を収めた、賞賛された人の名前が付いているそう。

宜野座さんは キャンプ名を口にするたび、

とても複雑だと言っていました。

*****

続いて、宮森小学校とパネル展示、地元の方との交流会へ。

宮森小学校に、アメリカ軍のジェット機が落ちたのは

今から53年前の6月30日。

Rimg0901
制御不能の無人ジェット機が↑このように小学校と周辺へ墜落し

20名近くの方が亡くなられました。

なぜ無人だったか、

乗っていたアメリカ軍はパラシュートで脱出したから。

少し軌道を変えれば 海や空き地があったのに、です。

ガイドの宜野座さんは、当時の証言を集める作業をされていて

当時の状況を詳しくご存知でした。

この宮森小学校の事故は 『ひまわり』という映画になっていて

来年1月~全国で上映されます。ぜひご覧くださいmovie

写真に写る小学生の痛ましい姿や、

アメリカ軍による事故処理の理不尽なやり方、

事故現場に入れず子どもの安否も確認できない親の状況、

すべてが尖った槍のように、自分に突き刺さります。

現在の宮森小学校は、とてもおだやかで

あったかい雰囲気の小学校でした。

窓から手をふる子どもたち、とってもいい笑顔!

中庭の慰霊碑に手を合わせて、交流会へ移動。

Rimg0908
交流会では『ハーフセンチュリー宮森』のみなさんが

温かく迎えてくれました。

↑琉球舞踊 素晴らしかった!!心込められた素晴らしい踊りです。

この『ハーフセンチュリー宮森』は

宮森小学校ジェット機墜落事件。二度と同じ悲しみを繰り返さないために

平和と命の尊さを表現していこうと結成されたそうです。

踊りや、1人芝居、絵本の朗読、体験の語りなど

いろんな方法で この事故(事件だと思いますが)を

やさしく強く表現されていて 本当、とても素晴らしい内容でした。

全国各地で公演してほしいなー、と本当思います。

Rimg0918
最後は、意見交換。みんなで輪になって話しました。

写真中央)ミユキさんの熱い思いに感動し、

沖縄には独立論があることも知り

とても濃い内容の意見交換となりました。

最後に、騒音裁判に関わっている方が言った一言は

みなさんにもぜひ考えてほしいところなので

書かせてもらいます。

「16年間、騒音裁判を必死にやってきたけど、進まない。とても難しい。

今、心が折れかけています。

この16年間を、もし他のことにつかっていたなら 

どれだけのことができただろうと思うと悔しい。」

この言葉を聞いて、わたしはもう、ごめんなさい、しかありません。

その16年には、社会の問題が大きく関わってはいるけど

でも、同時に きっとわたしの無知無関心の結果も含まれていると思う。

自責もたっぷりに込めて、できることはやっていきたい。

沖縄で見た2つの事故(事件だね)以外にも

基地があるから起こる事件が数え切れないほどあります。

大事な息子たちに、もし同じようなことがあったら、と思うと震えます。

いや、もう起こしちゃいけないんだよ。

そのために わたしはここにいて

思いを、引き継いでいるんだと思う。

バトンは みんなに渡されているよね。

今、生きているみんなに。 

Rimg0899

|

« 【言いだしっぺ体験記2】韓国(釜山)古里原発&PR館etc... | トップページ | 【第3回】収支報告~♪ »

言いだしっぺ体験記。」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 【言いだしっぺ体験記2】韓国(釜山)古里原発&PR館etc... | トップページ | 【第3回】収支報告~♪ »